2013年03月22日

新宿『舁き山』さんには、相変わらず面白い明太子が揃っていた。

2013年3月21日、東京明太子倶楽部臨時集会が行われました。
場所はTMCでもお世話になっている新宿『舁き山』さんです。
この日の集会は、面白い経緯で行われました。
『舁き山』さんからメイルが届き、「今度、明太子を特集した番組が作られることになり『舁き山』は、東京で明太子を楽しめるお店ということで紹介されます。そこで東京明太子倶楽部さんも、明太子を楽しんでいるグループとして紹介したい」という趣旨のものでした。明太子の普及も目的のひとつと掲げているTMCとしては、嬉しいお誘いです。『舁き山』さんにもお世話になっているので、「ご協力します!」と力強く答えたのです。
ということで、その番組にもTMCのメンバーが、明太子を心から楽しんでいる様子が加わることでしょう。番組の詳細がわかったらまたお伝えします。お楽しみに。

さて、『舁き山』さんには名誉会長の就任式で訪れて以来でした。もともと、おみやげの明太子を本部で楽しむことがメインだったので、外での会合は珍しいことです。それでも『舁き山』さんは珍しい明太子を出してくださるので楽しみでした。
参加者は代表、総務二課長、川崎市部長、城北開発担当、新宿・大久保地区多文化共生担当、国際交流担当と新人研修生の7名でした。
まずは、「酢もつ」です。これが美味しくて食欲をそそります。あまり他のお店では見ないと思います。「ゴマアジ」も九州の味がします。プリプリとして絶妙の味わいです。

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福岡名物「ゴマアジ」

鶏のたたきは「天草大王ももたたき」です。地鶏は肉が締まっていてとても歯ごたえがありますが、中央部分の柔らかさは格別です。ほかにも大分名物「とり天」、福岡ではわりと流通している「蕾菜の天ぷら」も美味しくいただきました。九州各地の料理と各種の明太子を味わい、集まったメンバーは大満足でした。

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蕾菜の天ぷらは、蕗に似た早春を感じさせる香りがする。


明太子は、次の9種類でした。

鳴海屋:生姜明太子
かばた:昆布明太子
福太郎:ワイン明太子、柚子明太子
ふくや:味の明太子、どっから明太子
海千:味噌辛子明太子

炙りとして
なた:スモーク明太
博多徳平:ちょんまげ

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福太郎の「ワイン漬け」は以前にも頂いたことがあったのですが、初体験のメンバーはやはり気になったようで議論が集中しました。黒胡椒の味がかなり立っているので、ワイン漬けと言われればそうなのかな、と言った味わいなのですが、たしかに変わり明太子の代表格ですね。川崎市部長はハウスワインの白を注文して合わせていましたが、やはりストレートの明太子とワインの組み合わせは、かなり難しいようです。『舁き山』さんの白ワインも辛口でそれ自体はとても美味しいのですが、合わせの困難さをあらためて実感しました。
久しぶりに味わった「炙り」では以前も紹介した「ちょんまげ」が好評で、外皮の独特の食感が楽しく、スモーク明太は外皮の食感は「ちょんまげ」と似ていますが、燻製の風味がバランスのよい一品です。
かばたの昆布明太子は「昆布」としてはかなり辛口の味付けでパンチが効いています。
もう一つの話題は、海千の「味噌辛子明太子」で、味噌味と辛子の相俟った濃厚さが、間違いなく白米を要求してくる一品です。しかし、我々はあくまで、白米は最終兵器だと思っているのでここでは我慢しました。それでも、最後に総務二課長がギブアップして、ご飯を美味しそうに食べてしまったことを付け加えましょう。ふくやの明太子は久しぶりにいただきました。代表の記憶では、子供の頃はなんといっても明太子は「ふくや」だったのです。とても懐かしく、頼もしい味わいでした。

『舁き山』さんはまた、明太子の世界を広げてくれました。
ありがとう!『舁き山』さん。
ありがとう!番組ディレクターのHさん、スタッフの皆さん、楽しい番組なるといいですね。
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2013年03月08日

幾つもの物語が「博多の明太子」を生み、育てた…。『明太子をつくった男〜ふくや創業者・川原俊夫の人生と経営』を読んで

明太子をつくった男: ふくや創業者・川原俊夫の人生と経営 [単行本] / 川原 健 (著); ...について。
明太子をつくった男: ふくや創業者・川原俊夫の人生と経営 [単行本] / 川原 健 (著); 海鳥社 (刊)

愛される商品には物語がある。消費者である僕らは、商品と一緒にその商品をめぐる物語も購入する。ここでいう物語とは、「商品開発までの感動の秘話」といった類の安いストーリーではない。物語とは「モノ」と「カタリ」との関係の総体を指す。「カタリ」は生産者であったり、消費者であったり、周囲の人達だったりする。感動や悲劇はそこに付随する後づけの読後感にすぎない。「モノ」と「カタリ」の関係は、しばしば恣意的で個的な選択や判断の連続によって積み重なっていく。それは個人の物語に限らない。グループの、会社の、あるいは地域の物語として、厚みを伴って僕らに届く。愛される商品には必ずそうした物語があるはずだ。物語が激動である必要もない。カタリによって選ばれた言葉が、丁寧に細部を描写する。それだけでいいのだと思う。

 本書の読後の感想は率直に「そうだったのか、川原俊夫さん、ありがとう」だった。福岡では有名な「味の明太子」の「ふくや」が、創業者・川原俊夫の生誕100年を記念した企画として、本書は編まれている。著者は川原俊夫氏の次男で、社長も歴任し現在は「ふくや」の取締役相談役である。したがって社史と創業者の個人史という側面は持っている。しかしそれは、よくある創業者礼賛や経営術指南の企業本とは一線を画している。なぜか? 戦後から起ち上がる中洲の市場や周辺の様子が、著者の幼少から青年期までの記憶と呼応しながら、活き活きと描写されているからであろう。博多を知らない人でも、そうした風景が見えてくるのではないかと思う。しかし、それは、「かつての元気だった日本を思い出す」といった類の昭和のノスタルジーとも違うのだ。個人史というのは面白い。僕も市民ビデオに長く関わっていたので、個人史が描かれる映像をたくさん目にしてきたが、そこには、作者が大切にしたいと思った細部があふれるのだ。この本に通底しているのも、そうした愛情と感謝と思い出にあふれた、家族だけが感じることのできる細部なのだ。誰の人生でも映画になりうる。そして、劇的ではなくとも、つまらない人生はどこにもないのだと思う。

 本書は大きく分けて3つのパートで構成されている。第1章「明太子づくりへの執念」は朝鮮半島の釜山で出会った明太子を、博多・中洲で「味の明太子」として誕生させるまでの経緯である。この章の冒頭「博多土産の定番 辛子明太子」は序章にあたり、現在の博多の明太子業界の状況と「ふくや」の新しい取り組みが、短く紹介されている。この冒頭に出てくる、スケトウダラの魚卵の色味がひとつひとつ微妙に違う、という話も面白い。「白系は卵のお母さんであるスケトウダラがイカをエサにしていたから。赤っぽいのはエビやカニが主食だったから」なる説が社内でまことしやかに語られている、という。本当かどうかはさておいて、こうした小さな物語が、明太子の魅力に深みを添えていると、僕は思う。この章では戦後の闇市時代から、「ふくや」の創業、そして「明太子」が博多の代表的な土産物になるまでが描かれる。第2章「川原俊夫の遺言」は「ふくや」を起業し、明太子業界のリーダーへと成長させていく過程が描かれる。魚卵の安定した仕入れや、低価格の設定、品質管理への厳格さなど、川原俊夫の理念が形となっていく。そして第3章「ふるさとへの恩返し」は川原俊夫が大切にした地域貢献・協働活動が、中洲の再開発や博多地区の都市計画、祭りやさまざまなイベンを通じて、ひとつずつ実を結んでいく様子と、地域の発展に執着した川原俊夫の人物像が描かれている。
 
 東京明太子倶楽部の代表である僕は、「明太子」のルーツが朝鮮半島で、「明太」がタラを意味し「ミョンテ」と呼ばれていることは知っていた。「ミョンテ」の「子」だから、「明太子」だと書いてあった。それもおそらく以前に調べた「ふくやのHP」でみたのだと思う。椎名誠さんの本にも記述があったと記憶している。倶楽部のメンバーが韓国に旅行した時に持ち帰った「明太子」は、土産物として「明太子のルーツ」と紹介されていて、味付けが博多から逆輸入されたような日本向けのパッケージだった。そういうバラバラだった知識が、この第1章「明太子づくりへの執念」を読むことでスッキリとつながった。

 博多の明太子は奇跡の産物である。その理由のひとつは、川原俊夫が沖縄で終戦を迎えたことである。大正2年(1913年)1月25日に朝鮮半島の釜山市で生まれた俊夫は、幼少期をこの地で過ごし、そこで、「メンタイ」と出会っている。その頃の朝鮮半島には2万5千人を超える日本人が住んでいたという。「メンタイ」は乾物屋で売られていて、高価なものではなかったらしい。福岡市と釜山市は地理的にもとても近い。20年前からはJR九州の高速船が運行し、約3時間の距離である。福岡、釜山の双方の観光客やビジネスマンが行き来している。スケトウダラと言えば、北海道や日本海、あるいは海外では北方のベーリング海といった印象が強いが、朝鮮半島東岸部(日本海側)でも水揚げされていたらしい。これまでの疑問のひとつが、なぜ北方で採れるスケトウダラの卵が朝鮮半島で加工されていたか、ということだったのだが、大量に水揚げされていたことで、スッキリとつながった。魚卵を辛子につけて保存が効くようにした惣菜だったのだろう。高価でなかったという記述があるが、タラの魚卵をどうにかして食べようという文化は、欧米には少ないようだ。朝鮮半島でも、どちらかと言えば「もったいないからどうにかして食べられないか」といった動機から生まれたものではなかったのかと思う。「明太」の卵「明卵」といい、塩辛類を「ジョ」と呼ぶそうで、「ジョ」に漬けた「明卵」で「明卵ジョ」というのが、韓国での呼び名だそうだ。韓国国内では、現在でもニンニクの味が効いたものが好まれているらしい。

 釜山で中学を卒業した俊夫が、「南満州電気株式会社」に入社し、その後、奉天、新京、平壌へと転属し、招集されて釜山に戻る。釜山ではその頃、俊夫の兄が食料品店「富久屋(ふくや)」を切り盛りしていたそうだ。「ふくや」はこの店名をついだらしい。釜山から沖縄に配属された俊夫は、宮古島のとなり、伊良部島の防衛が任務だった。周知の通り、沖縄戦を経て復員した兵士は少なく、米軍の上陸ルートが少しでも変わっていたら、川原俊夫も戦死していたことだろう。そうなれば「ふくや」も「明太子」も生まれていなかっただろう。あるいは、満州からの引揚船に俊夫の妻・千鶴子と次男の健が無事に乗ることができなかったら、その後の「明太子」をめぐる物語も形を変えていただろう。復員した俊夫は兄とともに、焼け野原だった福岡の闇市で駄菓子を打って商才を発揮したという。福岡市は昭和23年4月に中洲市場の開発に着手し、新規入居者を募集した。昭和23年10月5日「ふくや」は創業し、当初は乾物、豆類、調味料などを売っていたと記してある。店の看板となる商品を考えるうちに、釜山で食べた「メンタイ」を商品化することになる。昭和24年1月10日に初めて「明太子」が店頭に並んだそうだ。この頃の描写は著者の少年期の記憶を元に、中洲市場の様子や、創業から間もない「ふくや」の様子、父・俊夫の商売の仕方や人付き合いなどが、いきいきと描かれている。「味の明太子」の漬けダレや唐辛子調味料の配合が決まるまでの試行錯誤など、とても読み応えがある。

 現在「ふくや」では、俊夫の生誕100周年の記念事業として、当時の味を再現した「味の明太子 復刻」を発売している。昔の味を再現する過程の試みがまた、面白い。現在、明太子の原料はアラスカ産やロシア産が主で、近海ものは漁獲量が激減していて、値も高い。この復刻版では「近海子」と呼ばれる国内産のタラコを使い、生のまま塩打ちして材料としているそうだ。博多の明太子業界でも、国産にこだわるメーカーがあるが、全体にやや小ぶりな印象がある。冷凍物でないタラコは漁獲後に魚が跳ねて体を打ち、胆汁が沁み出して卵嚢の端が緑かかったり、黒ずんだりするらしい。見た目は悪くなるが、魚卵の立ち具合や漬けダレのしみ方が抜群らしい。確かに冷凍の過程をできるだけ省いたものは魚卵の起ち具合がいい。僕らはそれを総合して「魚卵味がいい明太子」と呼んでいる。

 著者は、博多土産としての明太子の普及は、昭和50年の東海道・山陽新幹線の開通が大きな要因だという。僕は昭和37年生まれで、高校までは主に福岡で暮らしていた。東京の大学に行くようになると、帰省の土産に明太子を持って帰った。居酒屋でアルバイトしていたこともあり、そこの店長や板前さんにも、「ふくや」や「福太郎」を持って帰り、どっちの味が好みかと言いながら、アルバイト先での「まかない飯」を楽しんだりした。おそらく著者の言うとおり、輸送時間の短縮化が、普及の大きな要因であろう。

 この項で心を捉えるのは「特許はあえて取らず」の記述である。俊夫の言葉にあるように、ニセモノが出回らないように特許取得を進める周りの者に、「明太子は惣菜、特許は取らん」「味の好みは人それぞれ。安くておいしいなら、どんどん出てきてよか。」「うちのがおいしいと思う人は必ずうちのを買ってくれる。」と聞く耳を持たなかったという。製法も公開したが、それでも調味料と唐辛子の配合は秘密を守ったという。しかし、「味の明太子」のパウダー状唐辛子を協同で開発した会社が、他社とも「ふくや」とは異なる調合で取引をしたいと申し出たら、あっさりとそれを許したという。(p77)現在、「全国辛子めんたいこ食品公正取引協議会」には、116の製造会員がいるという。その発展の源には、「儲かってどうするとか」という川原俊夫の豪快さがあったといってもいいだろう。

 第2章「川原俊夫の遺言」では、俊夫が他界した後を妻・千鶴子が引き継ぎ、昭和55年8月に「株式会社ふくや」として、再出発する経緯が描かれている。俊夫は福岡では有数の高額納税者となってからも、会社の拡大を望まず、卸売もせず、直営店での販売だけにこだわっていた。「「児孫のために美田を買わず」と言う。父は見事なまでに個人財産を残さなかった。」と著者は述懐する。品質管理の徹底と、俊夫の理念を踏まえながら、直営店の拡大、駅や空港への進出、通販の開始など、現在に至る事業の展開が描かれていく。東京のモノレール浜松町駅に直販店舗ができたのが、昭和60年だと書いてある。僕が大学生の頃には、東京でも「ふくや」が購入できるようになった反面、東京で買えるのならば、土産にするのは、福岡でしか買えない別のメーカーにしよう、と思っていた。へそ曲がりな人間は、販路が拡大したり、有名になって普及したりすると「味が落ちた」などと言うものだ。僕自身も正直なところ「ふくや」に土産としての真新しさを感じなくなっていた。しかし、俊夫が言うように明太子は惣菜なのだから、馴染みの味が一番いい。美味しいものが安く買えるのならば、それが川原俊夫の理念であろう。それにしても第2章に描かれる、会社としての「ふくや」の社会貢献には頭が下がる。育児休暇や社員の地域貢献への積極的な姿勢は、そうしたボランティア活動が会社からの有給で行われる申請制度があることで判る。

 第3章「ふるさとへの恩返し」は川原俊夫の「中洲の日蓮さん」としての人柄や、地域との関係が描かれている。僕は「山のぼせ」という言葉が好きだ。「山笠に熱狂的に入れ込む人」のことであるが、博多の山笠だけでなく、全国各地に祭り好きはいる。年に一度の、あるいはそれ以上に感覚の開く地域の祭りに対して、祭りを中心に動いている人達がいる。人生の殆どが祭りの準備であるような人たちだ。これは、祭りそのもの魅力と言うよりは、その地域が祭りを理由に、繋がりを強固にして、一体感を持って行動するからなのだと思う。僕は福岡には長く住んだが、父親が転勤を重ねていたため、地元というものがない。博多の山笠も、どんたくも、いつも見物人のひとりとして観ていた。だから、地域のために地域に根ざして活動をすることに、若干の嫉妬を覚え続けてきた。子供の頃に読んだ漫画『博多っ子純情』にも度々山笠をめぐる物語が登場していた。戦後の復興とともに「祭り」の復活が望まれたのは、地域が活気を取り戻すための大きな中心軸だったからだろう。中洲市場の復興とともに、博多でも「博多祇園山笠」や「どんたく」が復活していく。「山笠」の起源は鎌倉時代からだと言われ、770年の歴史があるという。幾つもの「舁き山」を引き回していくグループを「流」という単位で呼ぶけれど、「中洲流」の創設者の一人がこの川原氏だとは知らなかった。昭和24年に「中洲流」ができたと記されている。「流」という共同体を作ることによって、その地域の一体化を図ろうと思ったのだろう。本書を読み進めていくと、川原俊夫の「山のぼせ」も当然の帰結のように思われる。

 現在の中洲川端地区は、平成8年の「キャナルシティー博多」の開業や、その後の「博多リバレイン」「博多座」「福岡アジア美術館」の開業など、大規模な地域再開発が進行し、街の景観もイメージも随分と変化した。博多川周辺の清掃活動、中洲に掛かる橋のリニューアルなど、現在に至るまでの地道な地域の下支えには、常に川原俊夫がかかわっていたことを知った。

 僕の読後の素直な感想はこうして出てきた。「そうだったのか、川原俊夫さん、ありがとう」。
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2013年02月16日

東京明太子倶楽部推薦図書「タラの物語」

図書館の児童向けコーナーで発見した「タラの物語」という絵本。
タラの姿を力強く写実した絵に惹かれ借りてみました。
最初は、タラの生態系について描かれた科学本なのかと思い、読み進めて行くと、バイキング、バスク人、奴隷貿易、タラの利権をめぐる紛争と、まさに目から鱗の、タラをめぐる歴史学&社会学の絵本なのでした。

確かに、タラは世界的に最もポピュラーな食用魚の一つ。
あまりにも馴染みの魚だけに、水や空気と同様に、それに対する敬意を忘れてしまいがちです。
大陸棚に多く生息し、口をあけて入るものは何でも呑み込もうとするという話を読み、海が汚された場合のリスクに恐怖を感じたりもしました。

明太子を愛する者として、ぜひTMCの推薦図書としたい一冊でした。

世界をかえた魚 タラの物語 [大型本] / マーク カーランスキー (著); S.D. シンドラー (イラスト); Mark Kurlansky, S.D. Schindler (原著); 遠藤 育枝 (翻訳); BL出版 (刊)
世界をかえた魚 タラの物語 [大型本] / マーク カーランスキー (著); S.D. シンド...
ラベル:タラ 絵本 社会 歴史
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2013年01月06日

お節に飽きたら明太子高菜ドリアはいかがでしょう?

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お正月料理にもそろそろ飽き、ちょっとコクのあるものを食べたくなってきました。
年末にTMCの会合があり、微妙に余った明太子と高菜漬けを使った和風ドリアを作りました。

作り方
(1)ごはんに、明太子と高菜漬けを混ぜて好みのピリ辛飯を作ってグラタン皿に敷く。
(2)鍋に少量の水、酒大さじ1、塩少々、麺つゆ大さじ1と小エビを入れ、煮立てる。
(3)すり下ろした長芋に(2)のエビと煮汁大さじ1を加え混ぜ、(1)の上にのせる。
(4)(2)の煮汁を再度火にかけ水溶き片栗粉を入れトロミをつける。それを(3)の上にのせる。
(5)(4)の上にピザ用チーズを振り掛け、焦げ目がつくまでオーブン等で焼く。

ピリ辛な御飯とトロロソースが力強くも優しい味わいで、コクのあるチーズとマッチします。
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2012年12月31日

東京明太子倶楽部 2012年緊急幹部会を開催

去る12月27日、TMC本部にて「2012年度緊急幹部会」が開催されました。
今回は、欧州開発担当理事中沢あきが、ユーロの買い支えとドイツ経済の対応を報告すべく急遽帰国しての開催でした。
日本国内事情も急変し、衆議院選挙と東京都知事選挙の結果を受け、TMCでは「魚卵外交の今後〜日・中・韓の緊張緩和と明太子の平和利用」を議題として掲げました。
中沢によるドイツの現地報告、スペイン国内の独立問題の加熱など、幾つかの報告の後、熱い論議が交わされました。写真は、日本の危機を回避しようと駆けつけた波多野哲朗TMC名誉会長を囲んでの、1回目の乾杯です。

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今回、平和利用の切り札として選択されたのは、島本食品の新作と稚加榮の「異母類」でした。稚加榮は以前にも紹介したことがある、「料亭の味」の老舗です。明太子生産者には大きく二つの種類があります。老舗の「ふくや」「福太郎」「かねふく」「やまや」「鳴海屋」「中島水産」など、水産加工業から食品メーカーとなった会社によるものと、「稚加榮」「にし川」のように「料亭の味」として参戦した会社があります。あるいは「椒房庵」のように久原醤油からつゆやタレの漬け技術によって、明太子業界に進出した会社もあります。
「異母類」とはTMCの分類による、明太子第2類の中の「別の魚の腹部に詰められた明太子加工品」を指します。今回は「いわし明太子」と「さんま明太子」が提供されました。因みに「手羽明太子」や「鮭のハラス」なども「異母類」に分類されています。

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稚加榮の明太子は美しいビジュアルでありながら凛とした辛さが魅力


さて、まずは島本食品の「明太フランス」です。

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巷のパン屋さんでもこの類の商品はあるのですが、さすがは明太子屋のパンです。急速冷凍されて送られてきた商品は、常温で解凍し、オーブンで2〜3分加熱しました。ペースト状の明太子は粒子がしっかりと残っており、また、細身のパンには充分な分量が塗布されていました。生の感じを残して粒感のある、少しバター風味も加わった、とてもバランスの良い商品でした。ただし、フランス生活の長かった鷺宮支部長は「フランスパンというには外皮の食感がもうひとつだ」といっておりました。全体にソフトな仕上がりなんですね。おそらくフランスパンのガリっとした食感は欲しかったのでしょう。パンにハードタイプが出来るとそういう人も満足かもしれません。

さて、川崎市部長が持参したのは、鳥取からから持ち帰ったお酒です。確か、古くから伝わる酒米を復活させて作ったという説明でした。瞬時に皆のお腹に消えていったのは言うまでもありません。

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前菜はさっぱりと大根ですね。だいこんやカブは明太子との相性が抜群です。

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今回は創作料理もなかなか評判のいい出来栄えでした。
総務二課長による、塩豆腐とグレープフルーツに自家製の明太子ジュレです。こういう半固形になっていると使いやすいですね。ジュレは少しダシが濃かったかもしれません。グレープフルーツは控えめがいいようです。

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代表は今回は色味の美しさで勝負してみました。金時人参とホタテの紅白が鮮やかです。柚子の皮は黄色いアクセント。めでたい感じがしました。金時人参との相性もいいですね。少し甘みがあって明太子は辛めがいいでしょう。

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稚加榮の「いわし明太子」「サンマ明太子」「いわしのぬかみそ煮(明太子風味」はどれも見事ですね。イワシの脂のノリ具合、サンマは少し甘めにみりん風味が効いています。ぬかみそ煮は明太子は風味にとどまっている感は否めませんが、魚の煮付けとしては抜群にうまい。もうこれは「白米」の登場です。誰もが掟を破ってご飯と合わせています。ワインとの相性もいいということでした。

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いわし明太子

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さんま明太子

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いわしのぬかみそ煮


いよいよ、島本の新作です。
「マッコリ辛子明太子」です。これは全体としてはやや甘口の仕上がりですね。辛いのが苦手な方におすすめです。マッコリは全面には出ていなくて、そう言われてみれば、といったテイストです。しかし、マッコリと絡むことによって醸しだされた風味のバランスは見事だと思います。島本のラインアップとしては、幅を広げる一品でしょう。

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「濃い・うま辛子明太子」は明太子そのものが確かに濃い味になっているので、付属の「うま辛だれ」の配分が争点となりました。波多野名誉会長は「ほんの僅かにつけるのが旨い」といい、つけすぎた留学生担当の中村は「味が丼のようになってしまう」といっておりました。確かに、たれにどんぶり感が強いのかもしれません。若い人ががっつりごはんを食べるときにはいいかもしれませんね。年配の方は「極わずかにつける」のが美味しい食べ方かもしれません。

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さて、今回も欧州からドイツワインを持ち込んだ中沢、どうしても白ワインと合わせたいと意地を張って、スパークリングワインを持ち込み、自らパンとチーズに明太子を盛り合わせた鷺ノ宮支部長、初心者らしく第3類の部妙なチーズを持ってきた多文化共生担当:海老原、など成熟した会の方針と、無謀な挑戦が同居する愉快な会合でした。
最後まで、国際政治を論じ続けていたことは言うまでもありません。

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2012年11月23日

あごだしの優しい「おでん」

東京も最近になって随分冷え込んできました。
「おでん」とか「寄せ鍋」とか湯気の立ち込めるものが美味しい季節の到来です。
島本食品で明太子を購入した際、お試しでいただいた「だしの優しさ」というダシパック。

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九州では煮干しではなく「あご」という飛魚をダシに使います。「だしの優しさ」は、この焼きあごに加え北海道産昆布+焼津鰹節+土佐清水産宗田節がブレンドされて、水の中にパックを入れ煮出すだけで、上品な旨味の出汁がとれるようになっています。

東京がぐっと冷え込んだ11月下旬、このパックと山形県の酒田で購入した塩昆布「北前こんぶ茶」を使い、優しさたっぷりの「おでん」を作りました。

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写真の蟹っぽいのはカニカマです。これがスープに旨味をプラス。


作り方
(1)大根、椎茸、「だしの優しさ」:1パック、北前こんぶ茶:数枚、出汁用に少しカニかまぼこを圧力鍋に並べ入れ、水を入れて蓋をして火にかける。鍋に圧力が加わってから5分ほど煮て自然放置。
(2)おでん用の鍋に(1)の具材とスープを移し、塩で味を整え、好みの具材を入れて煮込む。

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2センチ角くらいの厚めの塩昆布。煮込むと倍くらいの大きさになります。
ラベル:だし 九州 おでん
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2012年10月22日

マルエツの明太子

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すでに様々な明太子を試食したため、新しい話題を提供する機会がなく、ブログ更新もご無沙汰しておりました。
最近は大手スーパーの独自ブランド明太子も目にするようになり、全国的にもそこそこ美味しい明太子を食する機会が増えてきました。TMCでは以前、イトーヨーカドーのセブンプレミアム明太子を一般家庭の常備菜としては合格と、評価しました。
今回はマルエツより独自に販売されていた明太子の試食です。こちらはセブンプレミアム明太子が3本で398円に対し2本で298円。店頭で見た時にはなかなか期待できるのでは…と思ったのですが、切って御飯にのせてみると、若干粒々感が弱い印象を受けました。
味も、塩辛さでお茶を濁している感じで、TMCとして、御飯のパートナーには承認できないという判断にいたりました。チャーハンやスパゲティーに混ぜて、明太子料理的に使う方が無難です。
マルエツさんには、もう少し頑張っていただきたい…。
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2012年06月13日

TMC日独代表者会議 in 草津

2012年6月某日、草津温泉にて「TMC日独代表者会議」が執り行われました。
ギリシャに端を発するEU経済の混迷の中、TMC欧州支局と東京本部との連携強化を目指す臨時代表者会議です。
EU側からは支局本部が設置されているドイツから欧州開発担当理事、TMC欧州支局大使が来日。
日本側は東京明太子倶楽部本部代表、総務二課長、川崎支部長、城北開発担当理事が出席。

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↑草津へ向かう専用車内で。総務二課長の手作り明太子弁当を食べ、気合いを入れる。


会場の草津温泉(群馬県吾妻郡草津町)は、Wikipediaに「江戸時代の温泉番付では当時の最高位である東大関に格付けされた、日本を代表する名泉の一つである」と記されています。
首都圏からも近く、自然豊かで歴史文化の香りも色濃く感じられ、夏でも平均気温が18度程度という涼しい空気と体を芯から解す温泉を有するということで、心と体を整え、TMCの重要な会談をスムーズに進める場としては適切な場として選ばれました。

今回の会談内容
1.日独魚卵事情〜調査研究報告
2.EU経済危機と漁業の活性化
3.ギリシャ、スペインの救済に向けて〜魚卵食文化注入の可能性

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↑ドイツ人医師ベルツ博士とスクリバ博士の像の前で、日独の絆を確認するTMC代表と欧州支局大使。
ベルツ博士は明治期に来日、温泉の泉質を研究し草津温泉を世界に紹介した人物。「ベルツの日記」では客観的な視点で明治初期の日本を描写した。


会談と併行し、明太子研究のヒントを求め、草津の食とそのバックグラウンドの調査も行われました。
博多の明太子が店ごとに違うように、草津では饅頭や佃煮において店ごとのこだわりの味があります。
多くの店舗で試食ができ、街を歩くだけでお腹が満たされます。しかし、厳しく冷静に味わう姿勢を忘れる事はありません。

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↑一店一店丁寧にチェックして行くTMC一行。


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↑饅頭や佃煮以外にも様々な食に出会う。


西の河原公園は、大地から沸々と温水が湧き出て、流れている川の水さえ暖かい場所です。TMCの明太子に対する探究心も、その淀みなく湧き出る湯水のようでありたいと願い、絶景露天風呂にて互いの絆を確認しました。

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↑西の河原にある「鬼の茶釜」を丁寧に記録する城北開発担当理事。

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2012年06月01日

ナデシコ JAPAN「那嘉島のからし明太子」

「博多なかなか」というドライ明太子で知られる中島商店。
そのオリジナル明太子「那嘉島のからし明太子」を試食しました。
先日の大福岡展で購入した物です。
国産のタラコを使用しているというその明太子は、小振りながら美しい形をしていて、色も桜の花を感じさせる爽やかなサーモンピンク。
可憐な姿からは少し意外な感じがするのですが、キリリとした辛さがあります。ダシや塩加減が、辛さを引き立てるようにバランス良く効かされています。京料理のような、食材の魅力を活かしながら繊細な工夫がなされている気がします。
清楚で控えめなのに、芯がしっかりしている、大和撫子のような明太子です。

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ラベル:明太子 中島商店
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2012年05月30日

大福岡展へ行ってきました。

池袋の東武百貨店「大福岡展」へ行ってきました。
タイトルを聞くと、美術品の展覧会みたいですが、物産展です。
以前、TMC代表の佐藤は、福岡はグルメ県で明太子だけでも膨大な種類があり、九州物産展ではスペース的にとても間に合わないという議論をしていました。その思いが通じたのかはわかりませんが、東武池袋では「大福岡展」が開催されました。素晴らしい!
もちろんTMCは調査に向かいました。
さすが福岡展だけあり、明太子だけでも、ふくや、福太郎、稚加栄、あき津、かば田、中島商店、てら岡、めんたい重といった店が取り扱っています。以前TMCで紹介した「赤い恋人」や「明太かまぼこ」もありました。最終日の閉店間際だったので、値引きされていてお買い得でした。
中島商店のドライ明太子は以前中野出張所での会合で試食されていましたが、明太子そのものの研究には至っておりませんでしたので、小振りな国産たらこで作られた明太子と、イカ明太を購入してみました。(研究結果は後日レポート予定。)また、今回「めんたい重」なるものを発見。ごはんに明太子一腹と特製ダレをかけて食べるというもので、このセットもゲットしました。(こちらの研究結果も後日レポート予定。)
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明太子ではありませんが、竜宮城(テイクアウト用創作寿司の店)が出している、旬のタケノコを使った「竹取すし物語」というユニークなネーミングの寿司を買ってみました。
カツオ出汁でしっかり煮込まれていた八女産のタケノコでご飯と穴子を包んだものです。味もなかなか良かったです。
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この物産展には「のこのしま自然農園」も出店。そこで美味しい夏みかんジュースを絞っていた店員さんは代表の中学時代の同級生。彼は横浜の大手メーカーに勤務されていたそうですが、数年前に転身され、現在はのどかな福岡のアイランド生活を満喫しているそうです。
同級生との久しぶりの再会を果たした佐藤代表は、青春時代を懐かしみながら甘酸っぱく爽やかな能古島産夏みかんジュースも味わいました。

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