〜優曇華の明太子〜



東京明太子倶楽部(TMC)の福岡視察の最終日、我々は次の課題を求めて幾つかの明太子を求めました。そのひとつが「優曇華の明太子」です。この明太子の特徴は、漬けダレにあります。同時のこの商品は、われわれTMCに大きな問題の再燃をもたらしました。
それは、「明太子に求められるものは何か?」という、おそらく答えのない難問です。
TMCの批評軸の中心は「魚卵味」と「素朴さ」さらに生産者の「勤勉さ」です。この批評軸は、「工夫」に対して微妙な距離を持っていると言わざるをえません。その距離は、明太子の味の多様さは本来の持ち味を損ねかねないという懸念に呼応しています。
優曇華の明太子は美味しいのです。漬けダレは「鯛だし」が非常に立っています。明太子に付いていた小さなリーフレットには、焼酎で仕込んだ味醂と大吟醸酒が使われていると書かれています。この美味しさをどのように評価するべきか?
ご存じのように明太子はご飯のお供であると同時に、単品の酒肴としても供されることがあります。優曇華の明太子はこの単品としての味の評価が難しい。少しダシの味が立ちすぎているという印象です。明太子の漬けダレ自体が既に強い味を持っているために、そこに負けないダシ味を強調すると、ここまで鯛だしを立ち上げなければならないと思います。御飯と共に食べる時に、それがまろやかに緩和されることが判ります。おそらく大根おろしなどと共に食すると味わいが面白くなると思われます。
つまり、何かと合わせる時に力を発揮する明太子です。鯛ダシは独得の旨みを持っているため、単独よりも協調性を発揮します。
TMCの難問とは、実はその微妙な関係なのです。
我々の批評軸で言えば、「工夫」が奇を衒ってはならい、と言うことになりますが、この商品は奇を衒っているわけではなく、丁寧さを重ねていることが、ダシの強調に繋がっているというものです。単品としての味わいか、あるいは何かとの協調性の評価か?
とにかく、興味深い一品です。






































